【FIRE準備コラム】株を持ち続けた人だけが辿り着く「使いきれない」世界

FIRE準備

資産形成を始めた頃の不安は、ひとつだけでした。「足りるだろうか」。老後に、FIREに、お金が足りるだろうか。その一心で積み立ててきました。

ところが最近、まったく逆の世界があることを考えるようになりました。株を持ち続けた人だけが辿り着く、「使いきれない」世界です。

豊かな水をたたえる庭園の川
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「足りない」の対極にある、「使いきれない」。夢のような話に聞こえますが、計算してみると、これは長期投資の自然な帰結です。そして、手放しで喜べる話でもありません。今回はこの不思議な世界を、数字と一緒に覗いてみます。

1億円は、使っても減らない

1億円を年5%で運用しながら取り崩す試算(月20万円使っても30年後2.7億円)

上のグラフは、1億円を年5%で運用しながら取り崩す試算です。月20万円ずつ使い続けても、資産は減るどころか30年後に約2.7億円。使う額を倍の月40万円にしても、まだ減りません。

種明かしは単純で、1億円が年5%で生み出す500万円より、年間の支出(240万円や480万円)のほうが小さいからです。資産の産出が支出を上回った瞬間、お金は「使っても湧いてくる泉」に変わります。そして複利は後半戦ほど加速するので、放っておくと差は開く一方。これが「使いきれない」世界の正体です。

しかも配当は、勝手に育っていく

この試算には、まだ入れていない追い風があります。増配です。

三井住友FGは10年で配当3.6倍。私のポートフォリオの簿価利回りは、買ったときの利回りから年々上がり続けています。つまり持ち続けるだけで、泉の湧く量そのものが増えていく。配当月20万円の設計図で書いた「増配という時間の味方」は、FIRE後もずっと働き続けるわけです。

「足りるだろうか」と不安だった人間が、気づけば「使いきれないかもしれない」と心配している。冗談のような話ですが、長期投資を続けた先には、本当にこの逆転が待っています。

「使いきれない」は、本当に勝利なのか

公園の噴水
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ここからが、この記事の本題です。使いきれないほどの資産。それは長期投資の勝利の証のように見えます。でも、少し立ち止まって考えたい。

使いきれなかったお金とは、何だったのか。

それは、行かなかった旅行です。我慢したゴルフです。会わなかった人との時間です。もっと早く辞められたのに働いた年月です。使いきれずに残った資産の正体は、「楽しめたはずなのに、楽しまなかった人生」の領収書かもしれません。

使えない病の記事で、私は「お金を使う練習」の必要性を書きました。この試算は、その必要性をさらに強くします。なぜなら、使えない病のまま「使いきれない」世界に入ると、資産は増え続けるのに、人生の残り時間だけが減っていくという、いちばんもったいない状態になるからです。

『DIE WITH ZERO』が突きつけてくる問い

この「使いきれない」問題を、正面から扱った本があります。ビル・パーキンスの『DIE WITH ZERO』。邦訳の副題は「人生が豊かになりすぎる究極のルール」。タイトルの意味は、そのまま「ゼロで死ね」です。

乱暴な言い方に聞こえますが、主張は筋が通っています。使いきれずに残した資産は、働きすぎて余らせた時間の塊だという指摘です。1億円を残して死ぬなら、その1億円を稼ぐために費やした年月は、いったい何のためだったのか。私がさきほど「領収書」と書いたことを、この本はもっと厳しい言葉で突きつけてきます。

夕日を眺める3人の旅人
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① お金は「経験」に換えると、あとから何度も配当を生む

この本のいちばん面白い考え方が、経験は「記憶の配当」を生むというものです。旅行や仲間と過ごした時間は、その場で終わりません。思い出すたびに小さな喜びを返してくれる。つまり経験は、配当を出し続ける資産だという見立てです。

高配当株を積み上げてきた人間には、この例えがよく効きました。株の配当は口座に入りますが、記憶の配当は人生に入る。しかも記憶の配当には税金がかかりません。

② 「健康・時間・お金」は、同時にそろわない

若い頃は健康と時間があるのに、お金がない。年を重ねるとお金はあるのに、健康と時間が足りない。この3つがきれいにそろう期間は、思っているより短い。だから使う時期を前倒しすべきだというのが本書の主張です。

ゴルフを続けている身には、これは実感でしかありません。80歳の1ラウンドと、55歳の1ラウンドは、同じ1万円でも中身がまるで違います。歩ける体で回れる回数には限りがある。お金は後からでも用意できますが、その体は後から買えません。

③ 資産のピークは「金額」ではなく「年齢」で決める

そして本書は、資産のピークを迎える時期をあらかじめ決めておくことを勧めます。ある年齢を境に、増やすフェーズから使うフェーズへ切り替える。純資産の曲線は右肩上がりではなく、山型であるべきという考え方です。

私はここで手が止まりました。55歳でFIREすると決めていながら、資産のピークをいつにするかは、一度も決めていなかったからです。ずっと増やす前提で計算してきたのに、どこで折り返すかを考えていなかった。

やりたいことを年代ごとに割り振る「タイムバケット」という考え方も、この本が広めたものです。何歳までに何をやるか。時間には限りがあるという当たり前を、リストに落とす作業です。

この本に、全部は賛成しない

もっとも、きれいにゼロで死ぬのは現実には不可能です。自分の寿命は分かりませんし、介護や医療にいくらかかるかも読めない。長生きするリスクに備える分は、どうしても残しておく必要があります。

それでも、「使いきれないほど残すのは、成功ではなく設計ミスかもしれない」という視点は、貯めることしか考えてこなかった私に必要な補正でした。前半で見た試算は「減らない」ことの証明でしたが、この本を読むと、その試算はむしろ「もっと使っていい」という許可証に見えてきます。

だから私は、こう考えることにした

  • 「減らない」と分かっていれば、使う勇気が出る。このグラフは、取り崩しが怖いときのお守りになる。月20万円使っても増えるなら、旅行の一回や新しいクラブくらい、何も怖くない
  • 「使いきれない」が見えたら、それは使う量を増やす合図。資産の残高ではなく、経験の残高(記憶の配当)を増やす段階に入ったということ
  • それでも残る分には、行き先を決めておく。寄付でも、次の世代でも。「残ってしまった」ではなく「残す」に変えれば、それも設計のうち

FIREの計画というと「足りるか」の計算ばかりしがちですが、実は反対側にも問いがあります。「ちゃんと使いきれるか」。1億円を目指すなら、その出口まで考えておく。使う勇気、使う練習、そして使いきれない分の行き先。貯める話と同じくらい真剣に、使う話をしていくつもりです。

「足りない」を恐れて始めた投資が、いつか「使いきれない」を心配する日まで続いたなら。それはもう、十分すぎる成功です。あとは、その成功を人生の楽しさに変換できるかどうか。最後の勝負は、口座の外にあります。最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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