最近、朝がしんどいんです。
仕事が嫌になったわけではありません。職場の人間関係も、特別こじれてはいない。それなのに、以前ほど身体が前に出ない。
怠けているのだろうと思っていました。
ただ、それだと説明がつかないことがあります。
仕事の量も、人間関係も、去年と大きくは変わっていません。変わったのは、通帳の数字のほうでした。
もしかして、これは怠けではなく、順番として起きることなのではないか。
そう思って自分の数字を並べてみたら、笑えなくなりました。

私は今、ちょうどその段階にいるらしい
野村総合研究所は、世帯の純金融資産で階層を5つに分けています。よく聞く「富裕層」という言葉には、はっきりした線が引かれています。
| 階層 | 純金融資産 |
|---|---|
| 超富裕層 | 5億円以上 |
| 富裕層 | 1億円以上〜5億円未満 |
| 準富裕層 | 5,000万円以上〜1億円未満 |
| アッパーマス層 | 3,000万円以上〜5,000万円未満 |
| マス層 | 3,000万円未満 |
※野村総合研究所の分類による。純金融資産は、世帯の金融資産から負債を引いたもの。
私がいるのは準富裕層です。富裕層ではありません。ここを間違えている記事や動画をよく見かけるので、念のため書いておきます。5,000万円を超えても、富裕層には届いていない。
それでも、目標の1億円に対して62.7%まで来ました。
そして、やる気が落ちてきたのは、まさにこのあたりからです。
数字を並べると、理屈は合ってしまう

国税庁の民間給与実態統計調査によると、1年を通じて勤めた給与所得者の平均給与は478万円です(令和6年分)。過去最高だそうです。
この478万円を得るために、多くの人が年間2,000時間ほどを職場に置いてきます。
いっぽうで、私の6,271万円は、私が寝ているあいだも動いています。
1%動けば62万円。2%動けば125万円です。相場が荒れた日には、1日で数十万円が行ったり来たりします。何もしていないのに、です。
この2つを並べて平気でいるのは、なかなか難しい。
会議の資料を何度も直して、根回しをして、ようやく通ったとします。その苦労が給与に反映されるのは、早くても翌年度で、金額にすれば月に数千円かもしれません。その数千円を、朝の相場が1分で作ってしまう日がある。
脳は、それを見てしまうんですよね。
やる気が落ちるのは、計算ができるようになったからだ——という説明には、残念ながら筋が通っています。
怠けたのではなく、動機が入れ替わった
心理学に、自己決定理論という考え方があります。
人が動く理由を、大きく2つに分けるものです。
- 外発的動機づけ…お金や評価など、外から与えられるもの
- 内発的動機づけ…面白い、やりたい、という内側から出るもの
会社員や公務員が毎朝出かけていく力の大半は、前者です。
生活費を稼がなければならない。住むところを維持しなければならない。この「〜しなければならない」が、いちばん強いエンジンでした。少なくとも私はそうでした。
ところが、資産が積み上がると、この「しなければならない」が静かに弱まります。
エンジンを止めたつもりはないのに、勝手に出力が落ちる。やる気がなくなったのではなく、やる気の燃料が減ったという感覚のほうが、私の実感には近いです。
そして厄介なことに、代わりの燃料である内発的動機づけは、勝手には湧いてきません。
見えるようになったのは、失っているもののほう

もうひとつ、変わったことがあります。
資産が少なかったころ、私が見ていたのはもらえる給料でした。今は差し出している時間のほうが見えます。
同じ1日なのに、見ている面が裏返ったんです。
意味の分からない資料を作っている時間。誰も読まない議事録を整えている時間。そういうものに、以前は腹が立ちませんでした。仕事だから、で済んでいた。
今は「これに何時間使ったんだろう」と考えてしまいます。
お金は取り戻せるが、時間は取り戻せないと書きました。健康資産についても書きました。どちらも、資産が増えたからこそ書けた記事だったのだと、いま気づきます。
お金の心配が薄れると、次に数えたくなるのは残り時間なんですね。
それでも、私はまだ辞めません
ここまで書いておいて何ですが、明日辞めるつもりはありません。
理由は単純で、数字が足りていないからです。
| 項目 | いま | 目標 | 進捗 |
|---|---|---|---|
| 総資産 | 6,271万円 | 1億円 | 62.7% |
| 配当(手取り) | 月7.6万円 | 月20万円 | 38.2% |
※2026年7月末時点。配当は直近12か月の平均。
資産のほうは6割を超えましたが、配当はまだ4割にも届いていません。生活費を配当でまかなうという設計から見ると、まだ折り返してすらいない。
それに、退職金の計算も残っています。
あと少し勤めるかどうかで、受け取れる金額はそれなりに変わります。ここで投げ出すのは、いちばん高い買い物になりかねません。
やる気が落ちたことと、辞めるべきかどうかは、別の話です。
やる気が落ちて、かえって良くなったこと

意外だったのは、ここからです。
やる気が落ちてから、仕事の質はむしろ上がった気がしています。
まず、飲み会を断れるようになりました。
以前は、気の進まない席にも顔を出していました。断って角が立つのが怖かったからです。今は「今日はやめておきます」と言えます。言ったところで、何も起きませんでした。
浮いた時間と会費は、そのまま自分のものになります。
次に、焦らなくなりました。
慌てて出した資料には、たいていミスが混ざります。追い詰められている感覚が薄れたぶん、確認する余裕ができました。
そして、「分かりません」と言えるようになりました。
以前は、その場で分かったふりをして、あとから慌てて調べていました。知らないと思われるのが嫌だったからです。今は先に聞いてしまうので、手戻りが減りました。
品のいい話ではありませんが、いつでも辞められるという前提が、この気楽さを作っているのは確かだと思います。
給料が生命線ではなくなると、仕事は義務から選択に変わる。
その選択で今日も職場にいる、と思えた日は、朝が少しだけ軽いです。
やる気が落ちたら、数えるものを変える
まとめます。
- 資産が増えると働く動機が弱まるのは、意志の弱さではなく仕組みの問題
- ただし「やる気が落ちた」と「辞めるべき」はつながっていない
- 私は資産62.7%、配当38.2%。まだ辞めない
- いつでも辞められる状態は、辞めなくても効く
やる気が消えたと感じたら、私は数えるものを変えることにしています。
給料と資産を比べると、勝ち目がありません。比べる相手を、去年の自分の配当額にする。月7.6万円が、来年いくらになっているか。そこだけを見ていれば、朝の憂鬱はいくらか薄まります。
資産が増えて働く気力が落ちるのは、たぶん順調な証拠です。
ただ、それを言い訳にして手を抜くかどうかは、また別に選べます。私はまだ、選べる側にいたいと思っています。


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